西園 勝秀 にしぞの かつひで
生年月日
1968年(昭和43年)2月1日
在住
静岡県静岡市
所属政党
公明党
選挙区
比例区東海ブロック
党役職
国際局次長、団体局次長、静岡県代表代行
所属委員会
外務委員会、環境委員会、東日本大震災復興及び原子力問題調査特別委員会
所属議員連盟
家族構成
妻、長女、次女
座右の銘
足下を掘れ、そこに泉あり
好きな本
坂の上の雲
好きな作家
司馬遼太郎
好きな映画
フォレスト・ガンプ
好きな食べ物
静岡おでん、ナシゴレン
好きな動物
犬
好きなスポーツ
サッカー
好きなマンガ
あしたのジョー
好きな歴史上の人物
坂本龍馬
尊敬する人
廣井勇(港湾工学の父)
趣味
登山
特技
英語落語
長所
忍耐強い
短所
早口
血液型
A型
あだ名
ZONO(ゾノ)
取得した資格
技術士(建設)、海洋・港湾構造物維持管理士
住んだことのある街
札幌市、千葉県:船橋市・松戸市、埼玉県:朝霞市、東京都:文京区・中央区・新宿区・東久留米市、神奈川県:川崎市・横須賀市、静岡市、山口県下関市、福岡県古賀市、インドネシア国ジャカルタ
所属委員会
25年10月〜
外務委員会、環境委員会、東日本大震災復興及び原子力問題調査特別委員会
24年11月〜25年10月
外務委員会、安全保障委員会、東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会
略歴
1968年2月
千葉県船橋市生まれ
1980年3月
千葉県船橋市立芝山西小学校卒業
1983年3月
千葉県船橋市立芝山中学校卒業
1986年3月
千葉県立船橋芝山高等学校卒業
1993年3月
北海道大学工学部土木工学科卒業
1995年3月
北海道大学大学院工学研究科修了
1995年4月
運輸省入省 第四港湾建設局企画課配属
1997年1月
運輸省港湾局建設課国際業務室
1998年7月
運輸施設整備事業団技術部基礎研究課係長
2000年4月
北海道開発局港湾部空港課空港調査専門官
2001年7月
国際協力銀行開発審査部
2003年9月
国土交通省港湾局環境・技術課専門官
2005年7月
国土交通省港湾局環境・技術課課長補佐
2006年4月
日本郵船株式会社(官民交流制度)
2007年9月
九州地方整備局港湾空港部港湾計画課長
2008年9月
国土交通省港湾局国際・環境課課長補佐
2009年5月
国際協力機構インドネシア国派遣長期専門家
2012年4月
静岡県交通基盤部港湾局長
2016年1月
港湾空港技術研究所企画管理部企画課長
2018年2月
国際協力機構社会基盤・平和構築部技術審議役
2019年9月
一般財団法人沿岸技術研究センター研究主幹
2021年5月
北海道開発局港湾空港部港湾計画課長
2022年4月
国土技術政策総合研究所津波・高潮災害研究官
2022年7月
復興庁参事官
2023年8月
退官
2024年10月
第50回衆議院選挙において初当選
ヒストリー
トラックドライバーの父と、リウマチを患う母のもとに、3人兄弟の長男として、千葉県船橋市で生を受けました。父が勤めていた運送会社の倉庫の一角を間借りし、家族5人で慎ましく暮らしていました。私が5歳の頃、2歳年下の弟を事故で亡くし、それ以来、弟の分まで親孝行しようと心に誓いました。小学校時代には、「貧乏がうつる」といった陰湿ないじめにも遭いましたが、勉強で結果を出すことで乗り越えていきました。
(写真:兄弟3人で。左から弟、妹、私)
学校6年生の時、家族4人で船橋市の公団住宅(芝山団地)へ移り住みました。以後、地元の市立芝山中学校、県立船橋芝山高校へと進学しました。高校卒業後は大学進学の学費を貯めるため、新聞奨学生として住み込みで働きながら予備校に通い、受験勉強に励みました。2年間の浪人生活を経て、北海道大学理Ⅰ系へ入学しました。
(写真:中学時代)
大学入学後は学入学後は学費を賄うため、ほぼ毎日のように家庭教師や塾講師としてアルバイトに励みながら、勉学にも打ち込みました。3年生から土木工学を専攻し、コンクリート構造の研究に取り組みました。大学院進学後は、土木学会第110代会長を務められた上田多門先生に師事し、修士課程を修了しました。学生時代の研究成果が評価され、平成14年には土木学会吉田賞を受賞することができました。
(写真:大学の下宿先で)
1995年、国土交通省(旧運輸省)に港湾技官として入省しました。同年1月17日の阪神・淡路大震災によって、日本の土木技術に対する「安全神話」が崩れ落ちた現実に強い衝撃を受け、人命を守る港湾の基準づくりに役人人生を捧げることを決意しました。以後、3度にわたる港湾基準の改訂すべてに携わり、現行基準の改訂では事務方トップである小委員長として、学識経験者の先生方からご助言をいただきながら、取りまとめを担うことができました。
(写真:桟橋の鋼管杭)
28年4カ月にわたる役人生活のうち、約10年間は国際業務に携わりました。国際協力銀行(JBIC)に1度、国際協力機構(JICA)に2度出向し、インドネシアでは3年間にわたり港湾のテロ対策に関する技術指導を行いました。また、「開かれたインド太平洋」の実現に向け、来日した途上国の港湾担当者によるネットワーク「JICA港湾アルムナイ」の立ち上げにも尽力しました。現在も、そのつながりを大切にしながら活動を続けています。
(写真:タンザニア運輸省次官と(JICA職員として))
(東日本大震災からの復興)
復興庁参事官として、津波でご家族を亡くされたご遺族の方々から直接お話を伺い、同じ悲劇を二度と繰り返さないために、東日本大震災の教訓と復興の歩みをまとめた「復興政策10年間の振り返り」を編纂しました。その教訓の中で、災害発生がれきの仮置き場の不足が復興の大幅な遅れにつながったことが明らかとなり、この課題の解決には政治の力が不可欠であると痛感。2023年8月、国土交通省を退職し、政治の道を志す決意を固めました。
(写真:陸前高田市 奇跡の一本松)
2024年10月の第50回衆議院総選挙において、比例区東海ブロックで公明党に665,939票を託してくださった皆様のお力により、初当選を果たすことができました。「大衆とともに」との立党精神を胸に、どこまでも現場第一主義で、国民の命と暮らしを守る政治の実現に全力で取り組んでまいります。
